2017年08月29日

【公共交通に関して】

なぜ「新高岡駅」「高岡駅」に立つのか

こんにちは、瀬川ゆうきです。

 

最近は、毎日「新高岡駅」か「高岡駅」に立って、後援会のリーフレット配りをしています。

 

これには色々理由があります。「日常的に他の街を見ている方の視点はとても大事」「若い人も多く、若い人にも政治に関心をもってもらいたい」などと考えています。ただし、一番の理由は、高岡市は「新高岡駅」と「高岡駅」の役割を再定義する必要があるのではないか?一度立ち止まって、みんなで話し合いませんか?と思っており、そのために利用状況を肌感覚として感じたい、と思っているからです。

 

1日平均利用者数は、2015年度の市の公式データによると、新高岡駅1,929人(新幹線・城端線合算)、高岡駅9,890人。

肌感覚としてもやはり利用者数は違うな、と感じるのですが、

利用目的に関すると、これまでは漠然と「新高岡駅=出張・観光の利用者が多い」「高岡駅=通学・通勤利用者が多い」というイメージを持っていましたが、実際に駅に毎日立ってみると、「新高岡駅にも意外と通勤の方が多い」という事実に気づきました(なるべく気をつけているのですが、こちらに余裕が無く、毎日リーフレットを差し出してしまっている方、本当にすみません。)。2015年度の市の公式データでは、平日の新高岡駅通学・通勤者割合は3%との事ですが、現在はその倍くらいの割合なのでは?と感じます。

 

僕がご提案したいのは、まさにここに注目したもので、

金沢・富山への通学・通勤駅としての「新高岡駅」

というポジショニングの確立です。

 

というのも「新高岡駅~金沢駅」は13分、「新高岡駅~富山駅」はなんと8分で着いてしまいます。渋滞もありません。これは金沢駅や富山駅近辺に学校・職場があるならば、金沢郊外や富山郊外に住むよりもよっぽど早く学校・職場に到着することができるという事です。最も早く学校・職場にいける駅が「新高岡駅」となる可能性があります。

 

街の先輩方と話していると、

「都会には、職場は都心だが、住居は鎌倉のような落ち着いた場所に、という人が結構いる。これは金沢や富山が勤務地の方にも参考になるのではないか。通学・通勤駅としての新高岡駅になれば、定住者が増え税収がアップするし、大企業の支社なども金沢や富山には多いので、市民税が多い層も狙えるかもしれない。」

という意見もありました。

 

一方、現在の高岡市は、少々「観光客向けの新高岡駅」にかたよりすぎているのでは、と思います。もちろん新幹線通勤者向けの助成も行っています。「新高岡駅~金沢駅」は1カ月定期51,190円、「新高岡駅~富山駅」は1カ月定期40,820円ですが、申請をすれば、それぞれ1万円の助成があります。「助成してるじゃないか!」という意見もあるかもしれませんが、定期利用者であっても、車を利用する場合、駐車場料金が1日600円なので、月20日間で12,000円が別途かかります。

観光客はもちろん大事です!が、一番大事なのは、毎日利用する住民の方であるべきでは?、というのが僕の考えです。

思い切って、定期利用者の駐車場料金を無料にし、住居を構えてくれたり、それによる税収アップなどの総合的な投資対効果を鑑みた政策を打ち出してはどうでしょうか?

 

という事で、しばらく駅に立ちます。粗相がありましたら、申し訳ありません。温かく見守って頂ければと思います。また、みなさまのご意見もぜひお聞かせ下さい。

2017年08月23日

【自分の考え】

「30年後」の未来に僕らは立っている

政治活動のキャッチコピーは、「子どもたちに誇れる高岡を、いっしょに描いていこう。」にしています。

ちょっと暑苦しいですが、『今の時代を生きる大人は、これからの世代に、背中を見せる責任がある』と思っているからです。また、与えられた理想像を目指すのではなく、みんなで理想像を設定しようよ、そのためにとことん話そうよ、と思っているからです。

 

そして、政策を考える際には、「30年後の未来を想像した時に、いま必要だと思うこと」という基準を設けています。年数はこだわって、「10年後」でもなく「20年後」でもなく、あえて「30年後」にしました。それには2つの理由があります。

 

①一つは「第一子平均出生時年齢」が1950年の「24.4歳」から2016年の「30.7歳」になっているように、今や「30年」が世代の一区切りになっているからです。「30年後」というのは、まさに自分の子どもの世界を考える事なんです。

 

参考:http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai16/dl/kekka.pdf

参考:http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/17/birth-rates_n_5501976.html

 

 

②もう一つは、高岡市で30年前に決まった事が、今とても大きな影響を及ぼしていると感じているからです。

 

例えば、1991年から溜められている市議会の会議録によると、北陸新幹線新駅を高岡駅の南1.5キロの地点と決定されたのは1982年12月との事。35年前です。(僕が生まれる前からあの場所になるのは決まってたんですね…。)

参考:http://asp.db-search.com/takaoka-c/

また、27年前の1990年には、「能越自動車道」が着工し、「八丁道」が整備され、「高岡市万葉歴史館」が開館しました。

 

新幹線駅に関しては、

新幹線駅を高岡駅と分離させた方が費用が安い、用地取得の問題、工事の難易性、工期がかかる

などが新駅設置の根拠となったとの事です。一方、当時から、

人口17万人程度の高岡市において、新駅設置に伴って2つの都市核を維持・形成することは困難ではないか、在来線、氷見・城端線、路面電車との乗り継ぎの利便性の確保が難しい

など、現在も我々が抱える問題を危惧する意見もあったようです。

 

新高岡駅と高岡駅は1.8キロ(その後、1.8キロ地点で最終決定)しか離れていません。また中間地点には国宝「瑞龍寺」があり、考えようによってはとても可能性のある1.8キロ。それでも、それでも、「なんで現駅にくっつけてくれなかったんだよー。」と思ってらっしゃる方は多いのではないでしょうか?

 

よくも悪くも、30年前に決まった事の上に僕らは立っています。「今」の決定が「30年後」に「資産」にも「負の遺産」にもなりえます。だから、「今」だけではなく「30年後」の未来にも責任をもって、『あれは俺らの時代に決定したんだぜ!』と子どもたちに誇れるような決断をしていきたいです!!

2017年08月22日

【自分の考え】

〇〇校区代表ではなく、高岡市全体の代表として

こんばんは、瀬川ゆうきです。

 

高岡市内のさまざまな地域を回って政治活動をしていると、

「地域はどこ(どの小学校区)からなの?」

とよく聞かれます。

 

もちろん、自分のパーソナリティーをより理解してくれようとして聞いて下さる方もいらっしゃるのですが(そういう方は自然と分かるものだと活動を通して実感!)、多くは、「自分と同じ校区だったら関心持つけど、違う校区なら自分とは関係ないや」、という意味が含まれているように感じます。

 

一方で、

「何をしたいの?」

とはあまり聞かれません。

 

生まれた地域、住んでいる地域はもちろん大事です。過ごした時間も違うので、見える景色も違うでしょう。それぞれの町内・校区に住んでいるからこそ気づく、細かな課題はたくさんあります。地域を歩いて回っていると、小学生の通学路になっているのに歩道がなくて、子どものすぐ横を車がビュンビュン通り過ぎる光景を目にすることがあります。そんな道を見つけたときは「はやく整備したほうがいいなぁ」と実感します。このような校区・町内に住んでいないと気づきにくい課題を、ないがしろにするつもりは全くありません。

しかし、自分の校区の事ばかり考えてしまい、「高岡市全体をどうしたいか?」という議論が置き去りになってしまっているのが、今の市の現状ではないかと感じています。

 

となりの校区にある施設が自分の校区になければ、欲しくなるのは分からなくはないですし、家の前の道路は整備してほしい、信号もカーブミラーも今よりあった方がいい、という思いも分かります。

 

ですが、市の予算は無限ではありません。「ない」→「ある」のゼロかイチかではなくて、立ち止まって「本当に必要なのか?」と問う姿勢、また、「費用に対してどれだけの効果があるのか?」という民間企業(家庭でもそう!)だったら当たり前に持っている感覚を、市のお金の使い道にも、もっと持つべきだと思います。そのお金はもちろん、高岡市の皆さんは支払っている税金です。

 

自分の校区の「ないもの探し」をして、埋めていった高岡市って魅力的な街でしょうか?自分の子ども、自分の孫に残したい高岡市ってそういう事でしょうか?そうではなく、校区からの課題をしっかり受け止めつつも、予算などの制限がある中で高岡市全体の行く末を決断していくことが今、求められていると強く感じています。

 

いまを生きる私たちの決断が、30年後の未来の世代の暮らしに影響を与えます。その証拠の1つが、新高岡駅です。新高岡駅がいまの場所に建設されることが決まったのが1982年のことでした。そして2017年の現在、高岡市は「2つの高岡駅」があることを考慮して様々な政策を検討しなければならない状況です。

「30年後」の未来に僕らは立っている

 

同様に、今の私たちの行動が、30年後の子や孫の世代の暮らす高岡に大きな影響をプラスの方向にも、マイナスの方向にも与える可能性があるのです。だからこそ「ないもの探し」の不満を埋めていくだけの町づくりではなく、高岡市全体の未来の方向性を見据えて政策の判断ができる人材が必要だと思います。

 

「地域はどこ(どの小学校区)からなの?」(←事実の確認)ではなく、

「何をしたいの?」(←考えの確認)と聞く方が増えれば、聞かれる人のレベルも上がるので、ちゃんと仕事をする人が増えていくと思います。この街のそういうところも変えていきたいです。

そうなって、みんなで街の未来を考えられる街になればいいなぁ、と地域を回りながら考えています。

2017年08月16日

【自分の考え】

先人に学び未来を創る

みなさま、お盆はいかがでしたでしょうか?僕は、例年になく市内県外色んな人と話す機会に恵まれ、改めて高岡の事を考えるいい機会になりました。

 

タイトルの「先人に学び未来を創る」は高校同窓会の今年のテーマです。

元々のタイトルは「街の歴史を知り、未来を創る」にする予定でしたが、さっき出席した同窓会でこの言葉に出会ったので、拝借しました(笑)。

 

僕が住んでいる高岡市は「ものづくりの街」と言われ、「ものづくりの歴史」があります。

これに関しては、話したい事がたくさんあるので、また次回!

 

 

一方で僕が農家の生まれという事もあり、「農業の歴史」も忘れてほしくないです。

そう!高岡も「加賀百万石」のメンバーなんですよ!

江戸時代最大の石高をほこり、天気や害虫と戦いながら、家族のために生きるために農業を続けてきました。

去年他界したじいちゃんは、僕が小さい頃、空見て明日の天気をズバリ当てていて、「すげー!なんで分かるん?」と、こども心に強烈なインパクトを残した事を憶えています。

五穀豊穣を願い、色んな祭りが多く行われているのも市の特徴です。

 

しかし、農業はどの産業よりも高齢化が進み、厳しい局面を迎えているように思います。

様々要因はあると思いますが、自然条件による変動因子が多く、品質がコントロールしにくいのでは?安定的に稼げるの?というのは一つ若者が就業しにくい理由だと思います。

前回のブログの「強み②:外の視点」にも繋がるのですが、「自分が悩んでいる事は他人も悩んでいるはずだ」や「高岡にいなかった事を利点に変えてしまえ」と思って、僕は困った時、外にヒントがないか探るようにしています。

 

例えば、大分の人に聞いたら、大分県なんかは近代的なハウス栽培が盛んで、異業種である自動車関連企業やIT企業も農業に参入していたりします。病害虫を徹底的に締め出す事で無農薬を実現し、完全にテクノロジーで室内環境を管理しているものも。まさに「野菜工場」です。効率化を図り、収益性を高め、安定的で稼げる農業にチャレンジしているんですね。国外では、オランダなどが進んでおり、野菜はもちろんの事、園芸などにも先端技術を取り入れ、農家というよりはビジネスマンとか企業の経営者のようなイメージだ、という話を聞いた事があります。

(一方で、以前、熱中寺子屋に来られたシェフに「野菜工場」で作られたものを食材に使われますか?と聞いたら、「自然で育った『力強さ』があれば」とおっしゃられた事があり、非常に納得しました。)

←高岡産野菜を積極的に使われているお店「taiki」の一品

小さい頃、もぎたてのきゅうりをそのままかじってとってもおいしかった体験をしてから、鮮度にまさる調味料なしと思ってきたので、僕はなるべく高岡産野菜を取るようにしていますが、安定的で稼げる農業環境が整えば、さらに従事者が増え、若者も今より選択すると思います。

 

 

そして、残る「強み③:仕事のスピード感」に関して。前の会社では、「何か聞かれた時、3日後に100%の資料を出すより、翌日70%の資料を出すようにしなさい」と言われ育ってきました。これは70%の部分に相手の知りたい事の大部分が詰まっている場合が多いという事を言い得た金言だと思います(ライバル社にも同時に同じ依頼がいっている場合も多く、常に競争環境にさらされていた事もありますが)。

高岡の農地は細かく分かれています。工場化するならある程度まとまった土地が必要だと思いますが、土地回りはどうしても時間がかかるようです。日進月歩の世界、また他地域と競争している世界なので、遅ければそれまでかけていた時間のすべてを失う可能性があります。是非スピード感を大事にして、選ばれる地であってほしいと思います。

 

これからの農業は「工場化」しかない!というつもりは毛頭なく、あくまで一例ですが、

未来に繋げていくには、担い手が必要なので、やりたくなるような、進出したくなるような環境を用意すべき。そして、大規模であるからこそ官民の連携、一体となれるのか、「街の底力」が試されるんだと思います。

2017年08月03日

【自分の考え】

高岡のためにできる事:自分の弱みと強み

はじめまして、瀬川ゆうきです。

ブログを始めました。これから定期的に発信していこうと思います。

 

高岡のために全身全霊で活動していく所存ですが、「じゃあお前に何ができるの?」と思われる方もいるでしょう。

自分では自身の弱みと強みを次のように考えています。

 

弱み:高岡に12年間いなかった

大学と社会人生活の最初の8年間を東京で過ごしました。年に1~2回は帰省しておりましたが、正直地域の活動に参加できておりません。ここは自分の弱点だと思っています。しかし、ピンチはチャンスに変えるもの!東京はもちろんですが、社会人時代は全国のテレビ局さんと仕事をしていたので、全国津々浦々、海外も含めていろんな街を見てきました。自分の街独自の取り組みを大事にしながら、他の街のよい事例も勉強し参考にし、高岡の魅力を育てていきたいと思っています。

 

一方、強みは3つあると考えています。

強み①:PRの仕事をしてきた

強み②:外の視点

強み③:仕事のスピード感

 

今日はそのうち、強み①に関して。

 

雨が多い富山県。僕は地元を紹介する時、「ロンドンのように雨が多くて、ロンドンのように灰色の空なんです。だからむしろロンドンです。」と言ってきましたが、なんと国の公式データによると、年間降水日数は富山県が日本一なんです(参考:統計でみる都道府県のすがた2017)。

だから県内でイベントやレジャーを考える時、雨対策は必須です。

 

これは「子どもの遊び場」も同じ。

高岡市には大型の公園も多く、たくさんの遊び場があるかもしれません。しかし、雨が降った時の遊び場にはみんな苦労しています。

 

ところで、高岡駅ビル「クルン高岡」地下には意外な遊び場があるのをご存知ですか?

これはある市民の方が、平成26年度に 「1億円とともに」 寄附頂いた遊具です。

1億円寄附なさった市民の方がいるのも知ってほしいですが、この遊び場、とってもクオリティが高いのに、夏休みでもガラガラ(この写真は夏休みである昨日撮ったものです)。もったいない…。

 

この遊び場は確かに存在してます。しかし、適切なPRをしないと「無いも同然」なんです。「ある」のと「知られている」のは違います。

 

駅ビルの利用においては、駐車場料金がかかるという課題もあると思います。ただ、子どもも1日中遊ぶわけではないので、解決策もいっぱいあるでしょう。PRの観点と実務の観点、両方の観点を合わせて提案をしていきたいです。

 

寄附なさった、下島町の会社役員上田辰夫さんは、

「住みよい街にするため、民間が前に進まないといけないと思った」

「たくさん遊んで、遊具を傷めてください」

と、当時語られました。

 

ぜひとも、この思いに応える高岡市にしたいと思う。