2017年09月30日

【自分の考え】

高岡市には、若い人の声は届いているの?

こんばんは、瀬川ゆうきです。

「若い人の声が届きにくい街になっていないか?」というのが、僕が政治家を志したきっかけです。

今日は、高校生の頃のことも思い出しながら、この点についてお話したいと思います。

 

今は高岡の自慢をすぐに10個言える僕ですが、高校生の頃は「高岡には何も無い」と思って過ごしていました。ダメな高校生ですいません…。

そんな僕も、進学を機に県外に出て、はじめて高岡の魅力に気づき、高岡に生まれたことを誇りに思うようになりました。
一方で、年に2~3回しか帰れませんでしたが、帰るたびに、少しずつ街が寂れていくように感じ、「高岡をなんとか盛り上げたい」と思うようにもなりました。

東京にいる間も、高岡を外から見て、「こうした方がいいのに!」とか「もっとこうできないのかな?」とか、仲間うちで話していたのですが、その時に感じたのは、『じゃあ実際、誰に言えばいいのか?』ということでした。

 

さて、グラフは、現在の高岡市民の年代別割合と、高岡市議会議員(現26名)の年代別割合です。見ての通り、議員の約30%が50代、約40%が60代と、高岡市民の年代別割合と比べて極端に50代以上の方が多くなっています。

 

市議会議員の大きな仕事の一つに、「税金の使い道を決める」という仕事があります。
高岡市の予算は約700億円なので、26名で割ると、議員1人あたり、約27億円分の責任があります。

税金は20代30代ももちろん納めているのに、使い道を決める市議会議員に20代はいません。30代も1人です。

 

このグラフを見た時、率直に、50代以上の人の意見が反映されやすいのかな?と感じてしまいませんか?

また、若い人から見ると、何か意見や要望があっても「年の離れた先輩にって、…何か言いにくい。遠慮してしまう。」という感覚も、あると思います。

 

そしてもちろん「若い人だけ」の声を代弁するつもりはなく、色んな人の声が届く街にしたいと心の底から思っています。

 

市議会議員は住民の代表、意見を届ける立場です。

声を挙げられない人や、届けられない人がいなくなるように。

ぜひ、色々な人の意見が届く、多様性のある高岡市になればと思います!

2017年09月17日

【自分の考え】

政治家って、とってもクリエイティブな仕事

おはようございます、瀬川ゆうきです。

 

僕は「政治家って、とってもクリエイティブな仕事」だと思っています。

 

みなさんは「クリエイティブ」や「クリエイター」というとどんなイメージを思い浮かべますか?

「特別な才能でもってして、今までなかったものをつくること」「誰も思いつかないようなアイディアがどんどん出てくる人」「なんかすごそうな人」など色々なイメージがあると思います。

 

もちろんそのような人もいるかもしれませんが、そのような人だけが「クリエイター」と呼ばれるわけではありません。

前職の広告代理店で「クリエイター」と呼ばれる同僚と仕事をしました。何かを生み出し、色々な人の心を動かすクリエイティブな仕事をする同僚を尊敬していましたが、彼ら「クリエイター」に対する僕のイメージは、かっこよく誰も思いつかないアイディアを出す人ではなく、泥臭く「とことん考える人」「言われたことよりも、本質をみようとする人」です。

 

例えば、前職で言われたことなのですが、

お客さまから「傘が欲しい」と言われたら、とにかく一生懸命「最高の傘」を用意しがちです。『なになに国製で、なになにの機能もあり、その服にも合います。』

しかし、実は「濡れたくない」という本質的な課題があり、それを解決する方がお客さまにとってよい解決策である場合がしばしばあります。「アーケードのある道を教えてあげればよい」「お客さまの外出は午後からだ。午後からはずっと晴れるのでそれを教えてあげる」など、「最高の傘」よりもよい解決策があるのではないか、これをとことん考えるのが広告代理店の「クリエイター」でした。

 

もうちょっと広げて考えてみると、

「今の答えを一回疑ってみて、別の方法を試してみる人」はみんなクリエイターといえる、クリエイティブな姿勢で仕事に向き合っている、と僕は思います。

そして、こういう方は色々なお仕事にいらっしゃるのではないでしょうか?

「早く荷物を配送するために、別の回り方を試す人」「お客さまを待たせないように、工夫してレジ打ちする人」「小学生へのサッカー指導に、新しい練習法を導入する人」・・・

 

だから僕は、「政治家って、とってもクリエイティブな仕事」だと思います。

世の中にも、高岡市にも、たくさんの課題がありますが、目の前の現象に対応することだけに追われず、本質的な課題を見極め、よりよい解決策がないか考えるのが政治家の仕事だと思うからです。

そうやって考え、「街の進むべき方向をデザイン」し、「自分たちの街をつくる」のが政治家の仕事です。

国や県や市をデザインする仕事が政治家なんです。

町内会であいさつする事だけが政治家の仕事ではないんです!

 

10月には高岡市の政治家を決める選挙があります。

もう、「クリエイター」を決める選挙といってもいいかもしれません(笑)。

「自分たちの街をつくる」というクリエイティブな仕事、みなさんも注目してみませんか?

2017年08月23日

【自分の考え】

「30年後」の未来に僕らは立っている

政治活動のキャッチコピーは、「子どもたちに誇れる高岡を、いっしょに描いていこう。」にしています。

ちょっと暑苦しいですが、『今の時代を生きる大人は、これからの世代に、背中を見せる責任がある』と思っているからです。また、与えられた理想像を目指すのではなく、みんなで理想像を設定しようよ、そのためにとことん話そうよ、と思っているからです。

 

そして、政策を考える際には、「30年後の未来を想像した時に、いま必要だと思うこと」という基準を設けています。年数はこだわって、「10年後」でもなく「20年後」でもなく、あえて「30年後」にしました。それには2つの理由があります。

 

①一つは「第一子平均出生時年齢」が1950年の「24.4歳」から2016年の「30.7歳」になっているように、今や「30年」が世代の一区切りになっているからです。「30年後」というのは、まさに自分の子どもの世界を考える事なんです。

 

参考:http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai16/dl/kekka.pdf

参考:http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/17/birth-rates_n_5501976.html

 

 

②もう一つは、高岡市で30年前に決まった事が、今とても大きな影響を及ぼしていると感じているからです。

 

例えば、1991年から溜められている市議会の会議録によると、北陸新幹線新駅を高岡駅の南1.5キロの地点と決定されたのは1982年12月との事。35年前です。(僕が生まれる前からあの場所になるのは決まってたんですね…。)

参考:http://asp.db-search.com/takaoka-c/

また、27年前の1990年には、「能越自動車道」が着工し、「八丁道」が整備され、「高岡市万葉歴史館」が開館しました。

 

新幹線駅に関しては、

新幹線駅を高岡駅と分離させた方が費用が安い、用地取得の問題、工事の難易性、工期がかかる

などが新駅設置の根拠となったとの事です。一方、当時から、

人口17万人程度の高岡市において、新駅設置に伴って2つの都市核を維持・形成することは困難ではないか、在来線、氷見・城端線、路面電車との乗り継ぎの利便性の確保が難しい

など、現在も我々が抱える問題を危惧する意見もあったようです。

 

新高岡駅と高岡駅は1.8キロ(その後、1.8キロ地点で最終決定)しか離れていません。また中間地点には国宝「瑞龍寺」があり、考えようによってはとても可能性のある1.8キロ。それでも、それでも、「なんで現駅にくっつけてくれなかったんだよー。」と思ってらっしゃる方は多いのではないでしょうか?

 

よくも悪くも、30年前に決まった事の上に僕らは立っています。「今」の決定が「30年後」に「資産」にも「負の遺産」にもなりえます。だから、「今」だけではなく「30年後」の未来にも責任をもって、『あれは俺らの時代に決定したんだぜ!』と子どもたちに誇れるような決断をしていきたいです!!

2017年08月22日

【自分の考え】

〇〇校区代表ではなく、高岡市全体の代表として

こんばんは、瀬川ゆうきです。

 

高岡市内のさまざまな地域を回って政治活動をしていると、

「地域はどこ(どの小学校区)からなの?」

とよく聞かれます。

 

もちろん、自分のパーソナリティーをより理解してくれようとして聞いて下さる方もいらっしゃるのですが(そういう方は自然と分かるものだと活動を通して実感!)、多くは、「自分と同じ校区だったら関心持つけど、違う校区なら自分とは関係ないや」、という意味が含まれているように感じます。

 

一方で、

「何をしたいの?」

とはあまり聞かれません。

 

生まれた地域、住んでいる地域はもちろん大事です。過ごした時間も違うので、見える景色も違うでしょう。それぞれの町内・校区に住んでいるからこそ気づく、細かな課題はたくさんあります。地域を歩いて回っていると、小学生の通学路になっているのに歩道がなくて、子どものすぐ横を車がビュンビュン通り過ぎる光景を目にすることがあります。そんな道を見つけたときは「はやく整備したほうがいいなぁ」と実感します。このような校区・町内に住んでいないと気づきにくい課題を、ないがしろにするつもりは全くありません。

しかし、自分の校区の事ばかり考えてしまい、「高岡市全体をどうしたいか?」という議論が置き去りになってしまっているのが、今の市の現状ではないかと感じています。

 

となりの校区にある施設が自分の校区になければ、欲しくなるのは分からなくはないですし、家の前の道路は整備してほしい、信号もカーブミラーも今よりあった方がいい、という思いも分かります。

 

ですが、市の予算は無限ではありません。「ない」→「ある」のゼロかイチかではなくて、立ち止まって「本当に必要なのか?」と問う姿勢、また、「費用に対してどれだけの効果があるのか?」という民間企業(家庭でもそう!)だったら当たり前に持っている感覚を、市のお金の使い道にも、もっと持つべきだと思います。そのお金はもちろん、高岡市の皆さんは支払っている税金です。

 

自分の校区の「ないもの探し」をして、埋めていった高岡市って魅力的な街でしょうか?自分の子ども、自分の孫に残したい高岡市ってそういう事でしょうか?そうではなく、校区からの課題をしっかり受け止めつつも、予算などの制限がある中で高岡市全体の行く末を決断していくことが今、求められていると強く感じています。

 

いまを生きる私たちの決断が、30年後の未来の世代の暮らしに影響を与えます。その証拠の1つが、新高岡駅です。新高岡駅がいまの場所に建設されることが決まったのが1982年のことでした。そして2017年の現在、高岡市は「2つの高岡駅」があることを考慮して様々な政策を検討しなければならない状況です。

「30年後」の未来に僕らは立っている

 

同様に、今の私たちの行動が、30年後の子や孫の世代の暮らす高岡に大きな影響をプラスの方向にも、マイナスの方向にも与える可能性があるのです。だからこそ「ないもの探し」の不満を埋めていくだけの町づくりではなく、高岡市全体の未来の方向性を見据えて政策の判断ができる人材が必要だと思います。

 

「地域はどこ(どの小学校区)からなの?」(←事実の確認)ではなく、

「何をしたいの?」(←考えの確認)と聞く方が増えれば、聞かれる人のレベルも上がるので、ちゃんと仕事をする人が増えていくと思います。この街のそういうところも変えていきたいです。

そうなって、みんなで街の未来を考えられる街になればいいなぁ、と地域を回りながら考えています。

2017年08月16日

【自分の考え】

先人に学び未来を創る

みなさま、お盆はいかがでしたでしょうか?僕は、例年になく市内県外色んな人と話す機会に恵まれ、改めて高岡の事を考えるいい機会になりました。

 

タイトルの「先人に学び未来を創る」は高校同窓会の今年のテーマです。

元々のタイトルは「街の歴史を知り、未来を創る」にする予定でしたが、さっき出席した同窓会でこの言葉に出会ったので、拝借しました(笑)。

 

僕が住んでいる高岡市は「ものづくりの街」と言われ、「ものづくりの歴史」があります。

これに関しては、話したい事がたくさんあるので、また次回!

 

 

一方で僕が農家の生まれという事もあり、「農業の歴史」も忘れてほしくないです。

そう!高岡も「加賀百万石」のメンバーなんですよ!

江戸時代最大の石高をほこり、天気や害虫と戦いながら、家族のために生きるために農業を続けてきました。

去年他界したじいちゃんは、僕が小さい頃、空見て明日の天気をズバリ当てていて、「すげー!なんで分かるん?」と、こども心に強烈なインパクトを残した事を憶えています。

五穀豊穣を願い、色んな祭りが多く行われているのも市の特徴です。

 

しかし、農業はどの産業よりも高齢化が進み、厳しい局面を迎えているように思います。

様々要因はあると思いますが、自然条件による変動因子が多く、品質がコントロールしにくいのでは?安定的に稼げるの?というのは一つ若者が就業しにくい理由だと思います。

前回のブログの「強み②:外の視点」にも繋がるのですが、「自分が悩んでいる事は他人も悩んでいるはずだ」や「高岡にいなかった事を利点に変えてしまえ」と思って、僕は困った時、外にヒントがないか探るようにしています。

 

例えば、大分の人に聞いたら、大分県なんかは近代的なハウス栽培が盛んで、異業種である自動車関連企業やIT企業も農業に参入していたりします。病害虫を徹底的に締め出す事で無農薬を実現し、完全にテクノロジーで室内環境を管理しているものも。まさに「野菜工場」です。効率化を図り、収益性を高め、安定的で稼げる農業にチャレンジしているんですね。国外では、オランダなどが進んでおり、野菜はもちろんの事、園芸などにも先端技術を取り入れ、農家というよりはビジネスマンとか企業の経営者のようなイメージだ、という話を聞いた事があります。

(一方で、以前、熱中寺子屋に来られたシェフに「野菜工場」で作られたものを食材に使われますか?と聞いたら、「自然で育った『力強さ』があれば」とおっしゃられた事があり、非常に納得しました。)

←高岡産野菜を積極的に使われているお店「taiki」の一品

小さい頃、もぎたてのきゅうりをそのままかじってとってもおいしかった体験をしてから、鮮度にまさる調味料なしと思ってきたので、僕はなるべく高岡産野菜を取るようにしていますが、安定的で稼げる農業環境が整えば、さらに従事者が増え、若者も今より選択すると思います。

 

 

そして、残る「強み③:仕事のスピード感」に関して。前の会社では、「何か聞かれた時、3日後に100%の資料を出すより、翌日70%の資料を出すようにしなさい」と言われ育ってきました。これは70%の部分に相手の知りたい事の大部分が詰まっている場合が多いという事を言い得た金言だと思います(ライバル社にも同時に同じ依頼がいっている場合も多く、常に競争環境にさらされていた事もありますが)。

高岡の農地は細かく分かれています。工場化するならある程度まとまった土地が必要だと思いますが、土地回りはどうしても時間がかかるようです。日進月歩の世界、また他地域と競争している世界なので、遅ければそれまでかけていた時間のすべてを失う可能性があります。是非スピード感を大事にして、選ばれる地であってほしいと思います。

 

これからの農業は「工場化」しかない!というつもりは毛頭なく、あくまで一例ですが、

未来に繋げていくには、担い手が必要なので、やりたくなるような、進出したくなるような環境を用意すべき。そして、大規模であるからこそ官民の連携、一体となれるのか、「街の底力」が試されるんだと思います。

2017年08月03日

【自分の考え】

高岡のためにできる事:自分の弱みと強み

はじめまして、瀬川ゆうきです。

ブログを始めました。これから定期的に発信していこうと思います。

 

高岡のために全身全霊で活動していく所存ですが、「じゃあお前に何ができるの?」と思われる方もいるでしょう。

自分では自身の弱みと強みを次のように考えています。

 

弱み:高岡に12年間いなかった

大学と社会人生活の最初の8年間を東京で過ごしました。年に1~2回は帰省しておりましたが、正直地域の活動に参加できておりません。ここは自分の弱点だと思っています。しかし、ピンチはチャンスに変えるもの!東京はもちろんですが、社会人時代は全国のテレビ局さんと仕事をしていたので、全国津々浦々、海外も含めていろんな街を見てきました。自分の街独自の取り組みを大事にしながら、他の街のよい事例も勉強し参考にし、高岡の魅力を育てていきたいと思っています。

 

一方、強みは3つあると考えています。

強み①:PRの仕事をしてきた

強み②:外の視点

強み③:仕事のスピード感

 

今日はそのうち、強み①に関して。

 

雨が多い富山県。僕は地元を紹介する時、「ロンドンのように雨が多くて、ロンドンのように灰色の空なんです。だからむしろロンドンです。」と言ってきましたが、なんと国の公式データによると、年間降水日数は富山県が日本一なんです(参考:統計でみる都道府県のすがた2017)。

だから県内でイベントやレジャーを考える時、雨対策は必須です。

 

これは「子どもの遊び場」も同じ。

高岡市には大型の公園も多く、たくさんの遊び場があるかもしれません。しかし、雨が降った時の遊び場にはみんな苦労しています。

 

ところで、高岡駅ビル「クルン高岡」地下には意外な遊び場があるのをご存知ですか?

これはある市民の方が、平成26年度に 「1億円とともに」 寄附頂いた遊具です。

1億円寄附なさった市民の方がいるのも知ってほしいですが、この遊び場、とってもクオリティが高いのに、夏休みでもガラガラ(この写真は夏休みである昨日撮ったものです)。もったいない…。

 

この遊び場は確かに存在してます。しかし、適切なPRをしないと「無いも同然」なんです。「ある」のと「知られている」のは違います。

 

駅ビルの利用においては、駐車場料金がかかるという課題もあると思います。ただ、子どもも1日中遊ぶわけではないので、解決策もいっぱいあるでしょう。PRの観点と実務の観点、両方の観点を合わせて提案をしていきたいです。

 

寄附なさった、下島町の会社役員上田辰夫さんは、

「住みよい街にするため、民間が前に進まないといけないと思った」

「たくさん遊んで、遊具を傷めてください」

と、当時語られました。

 

ぜひとも、この思いに応える高岡市にしたいと思う。